訪問看護ステーションの経営数字を考える ― BIは「見える」、AIは「読める」
先日、広島市内の訪問看護ステーションで、研修の講師を務めました。
受講されたのは3名。ある団体が実施する起業家育成事業の受講者で、いずれもこれから訪問看護ステーションを立ち上げようとしている方々です。
そこに、受け入れ先の開業から5年を経過した事業所の代表も加わってくださいました。
つまりこの部屋には、「これから始める人」と「5年間、実践してきた人」が同時にいたことになります。
私はこのステーションに、設立準備の段階から戦略コンサルタントとして関わっています。毎月、財務データをもとに経営レビューを作成し、対面で経営戦略について話し合う。それを5年間続けてきました。
昨年も同じ研修を担当しており、今回はその続編です。
テーマは「経営数字の見える化とAIの活用」です。数字は「現場の言葉」に翻訳して初めて意味を持つ。前半は、経営数字の読み方です。
訪問看護の売上は、経営管理の視点からシンプルに分解できます。
売上 = 訪問件数 × 平均単価
訪問件数 = 常勤換算人数 × 稼働日数 × 1人1日あたりの訪問件数
「今月は売上が落ちました」では、現場は何をすればよいのか分かりません。
しかし、「1人1日あたりの訪問件数が3件から2件に下がりました」と説明すれば、移動に時間がかかっているのか、記録に時間がかかっているのか、訪問ルートに問題があるのか、と原因を考えやすくなります。
数字を現場の言葉に翻訳して、初めて経営につながる。
これは、私が会計事務所で35年間、経営数字と向き合ってきて強く感じていることです。
損益分岐点も同じです。「あと250万円売上が必要です」ではなく、「月に約278件」「現在の人員なら1人1日あたり約5件」と置き換えれば、現実的に回せる数字なのか、自分たちで判断できます。
開業時に見落としてはいけない資金繰り。この日、特に時間をかけてお伝えしたのが資金繰りです。
訪問看護では、サービスを提供してから保険請求分が入金されるまでにタイムラグがあります。たとえば4月に提供したサービスを5月に請求し、審査を経て6月に入金される。サービス提供から入金まで、おおむね2か月の時差が生じます。その間にも、給与、社会保険料、家賃、車両費などの支払いは発生します。さらに、売上が伸びるほど未収金も増えていきます。
売上も利益も伸びているのに、手元のお金は減っていく。こうしたことは十分に起こり得ます。
研修では、生成AIで作成した「訪問看護ステーション開業1年目」の架空の財務サンプルデータをお見せしました。
8か月目に単月黒字になる一方で、現預金は減り続ける。利益が出ることと、お金が増えることは同じではありません。だからこそ、開業時には「いくら売れるか」だけでなく、「いくら手元資金を用意しておく必要があるか」まで逆算して考える必要があります。
BIは「見える」。AIは「読む」ところまで支援できる。後半はAIの話です。
昨年は、この事業所で管理しているスタッフ別の業務データをもとに、訪問件数、訪問時間、その他の時間などをBIツールでグラフ化しました。
BIを使えば、数字はグラフで可視化され見えるようになります。ただし、そこから「なぜ、こうなっているのか」を考えるのは人です。
今年は、その分析に生成AIを加えました。
AIにデータを渡すと、スタッフをパターンに分類し、それぞれの特徴や改善の可能性を文章で整理します。人が気づきにくい傾向についても仮説を提示してきます。もちろん、それが因果関係なのか、偶然なのかは検証が必要です。
BIは「見える」まで。AIは「読む」ところまで支援できる。
人の仕事も、「すべて自分で分析する」ことから、「AIが返してきた分析結果は本当に正しいのか」を判断する方向へ変わり始めています。
さらに「その他の時間」を分けると、打ち手(戦略)が見えてくる。手応えを感じたのがこの部分でした。
昨年は、勤務時間を「訪問時間」と「その他の時間」の2つに分けていました。ところが、「その他」が約6割を占めていました。多いことは分かります。しかし、その中で何をしているのか分からなければ、具体的な改善策にはつながりません。
そこで今回は、研修用のサンプルデータとして、「その他」をさらに「移動時間」「記録・報告書作成時間」「その他」に分けました。すると、移動 約21%、記録 約22%、その他 約21%と分かれて見えてきます。
移動が長いなら、担当エリアの再編や訪問ルートの最適化。
記録が長いなら、ICTやAIの活用、テンプレート化。
その他が長いなら、業務そのものを棚卸しする。
時間の「分け方」を変えるだけで、見える経営課題は変わります。
AIは「数字の違和感」も指摘する研修用サンプルデータでは、興味深い場面もありました。
あるスタッフは、移動時間0、記録時間0、訪問時間割合100%。直行直帰を想定したサンプルです。数字だけを見れば、「最も効率的」と評価したくなるかもしれません。
しかし、訪問すれば通常は移動が発生し、記録も必要です。それなのに、移動時間も記録時間もゼロになっている。
AIはこれを単なる効率の良さとは評価せず、「労務管理上の問題がないか確認する必要がある」という論点を提示しました。AIは数字の大小だけでなく、データ同士の組み合わせから「この数字は少しおかしくないか」と問いを返してきます。ただし、最後に判断するのは人です。本当に労務上の問題なのか、入力ルールの問題なのか、そのスタッフ特有の勤務形態なのか。AIには分からない現場の事情があります。
開業前だからこそ、データを設計する
研修の締めくくりにお伝えしたのは、AIの分析精度は元になるデータ設計に大きく左右される、ということです。
「その他」としか記録されていなければ、その中身までは分析できません。あとになって項目を分けようとしても、過去のデータを取り直すことはできません。
これから開業するのであれば、最初から「訪問・移動・記録・その他」で時間を取る。常勤・非常勤、職種などの区分も入れておく。それだけでも、1年後に分析できることは大きく変わります。
AIを導入する前に、AIが読めるデータをつくっておく。これは、開業前だからこそできることです。
最後に、お一人ずつ、「私が毎月見る数字は、これです」と宣言していただきました。
ありがたいことに、夜の懇親会にもお声がけいただきました。こういう場では、研修の中では出てこない不安や迷いをうかがうことができます。
そして、5年間事業を続けてきた代表が同じ場にいる意味は、とても大きい。私がどれだけ丁寧に説明しても、「実際にやってきた人」の一言には及ばないことがあります。
起業は、判断の連続です。だからこそ、判断の材料になる数字は、自分で読めたほうがいい。そして、迷ったときに一緒に考える人がいたほうがいい。
「起業家を、決して孤独にしない。」
私がこの仕事を続けている理由も、そこにあります。
